❀佐渡島のこと
佐渡島(さどがしま)は、新潟県西部に位置するS字型が特徴的な島で、東京23区ほどの面積があります。人口は現在約6万人です。新潟港からカーフェリーで2時間30分、ジェットフォイルで65分ほどの距離があります。
地形は北の大佐渡山地、南の小佐渡山地、この2つの間にある穀倉地帯の国中平野の3つに大別されます。
佐渡の歴史は古く、2万年から1万7000年前頃の遺跡も発掘されています。
大和に統一王朝ができた頃には、佐渡は国の北方のおさえとみなされ、8世紀には国分寺もおかれていました。大陸からの漂着民も少なくなかったらしく、朝鮮半島からの使節団が来島した記録もあります。やがて佐渡は伊豆や壱岐とともに遠流(おんる)の島と定められ、都から政治犯が流されてくるようになりました。順徳上皇、日蓮聖人、世阿弥などが有名です。
古くから金が出ると知られていた佐渡は、徳川幕府によって天領とされ、大がかりな開発が行なわれました。17世紀には、世界最大の産出量を誇っていたとみられます。
江戸期には、上方(大阪方面)と北海道を結ぶ日本海航路が開かれました。佐渡は日本を縦断するこの「海のメインストリート」の重要な中継地点として栄えました。このとき商人や船乗りが持ち込んだ町人文化などが流入したため、佐渡の文化は北陸や西日本の影響が大きいと言わています。流人が京から持ち込んだ貴族文化も佐渡に大きな影響を及ぼしました。
一方、金山の開発にともなって奉行や役人が江戸から派遣されたため、武家文化も佐渡へ流入しました。全国各地から移住してきた技術者集団の文化も色濃く伝えられています。これらの文化が渾然一体となって現在の佐渡は創り上げられました。このため島内の方言も実に多様で、能や鬼太鼓をはじめとする伝統芸能も豊富です。
現在の農業は米作りが中心で、約65万人分相当の生産量を誇っています。柿や干し椎茸作りも盛んで、加工品では味噌が有名です。漁業ではイカやブリが知られています。
佐渡の総面積の40%以上は山林で占めらており、寒暖両系の豊富な植生がみられます。マニアが訪れる高山植物や雪割草の宝庫としても知られています。東洋一の天然芝を誇る高原も有名です。
観光資源としては、花以外にもトキ・金山・佐渡おけさ・鬼太鼓・能などがあります。意外に知られていないのはダイビングスポットです。特にコブダイに手で餌を与えられるのは、世界でも唯一、佐渡だけだそうです。
味覚は、イカ・寒ブリ・甘エビなどの海の幸、山菜・茸などの山の幸。そして、魚沼産コシヒカリに次ぐ評価を得ている佐渡コシヒカリ。いずれも素材の質に自然環境の豊かさがあらわれています。蔵元も多く、地酒ファンには垂涎の島だと言えます。
また他の地方の例に漏れず、佐渡も過疎化・高齢化が進んでいます。島内に大学がなく、また求人動向も厳しい状況のため、若者の流出も問題となっています。佐渡から人が減った結果、手入れの行き届かない土地が増え、「耕作放棄地」「竹害」といった問題も発生しています。さらにピーク時には120万人を超えた島外からの観光客も70万人を切りました。
一方、トキは順調に個体数を伸ばしており、遠くない将来、きっとこの佐渡の空にトキが群舞する日が来ることでしょう。